この曲は先日のオフ会(僕が出られなかったディスコ&ダンスの会)で、Erinaさんチョイスのダンサブル・ミュージック!
この曲も「全米トップ40」でよく聴いてたな...。“Alive“の日本語表記は“アライブ“でした。
◆パトリック・ヘルナンデスはフランスのシンガーなんですね。
彼自身が作詞作曲したこの曲は世界的なヒットとなり、1979年初頭にはアメリカのビルボード・ナショナル・ディスコ・アクション・チャートで1位を獲得。Hot100シングルチャートでは最高位16位。
アメリカ、ブラジル、ドイツ、イタリアでゴールドディスク、オーストラリアとカナダでプラチナディスク、イギリスでシルバーディスクを獲得しています。
生きることを楽しもう!
僕らが生まれた理由は、人生を楽しむためなんだよね!

Songwriter Patrick Hernandez
Released in 1979
US Billboard Hot100 ♯16
From the Album“Born to Be Alive”
*原詞は太字
We were born to be—
Alive!
We were born to be—
Alive!
Born, born to be alive
(Born to be alive)
Yes, we were
Born, born, born
(Born to be alive)
僕らは生まれた
生きるために
そうさ 生まれたのさ
生きるために
生きてるって最高さ
(Born to be alive)
そうさ 僕らは
生きるために生まれたんだ
People asked me why I never
Find a place to stop and settle
Down, down, down
But I never wanted all those things
People need to justify their
Lives, lives, lives
みんな言うんだ
「どうしてどこかに
腰を落ち着けないの?」
でも僕はいらなかった
みんなが“理由づけ”に使う
ああいう人生なんてさ
Yes, we were born
Born, born to be alive
(Born to be alive)
Yes, we were
Born, born, born
(Born to be alive)
It's good to be alive
To be alive
To be alive
It's good to be alive
To be alive
To be alive
It's good to be alive
そうさ 僕らは
生きるために生まれた
(イキイキと)
そうさ 僕らは
イキイキと生きるんだ
生きてるって素晴らしい
イキイキと
イキイキと
イキイキと生きていこう
Time was on my side when I was
Running down the street, it was no
Bind, bind, bind
A suitcase and an old guitar and
Something new to occupy my
Mind, mind, mind
通りを駆け抜けてた頃は
時間さえ味方だった
スーツケースと古いギター
そして心を満たす
新しい何かがあった
Yes, we were born
Born, born to be alive
(Born to be alive)
Yes, we were
Born, born, born
(Born to be alive)
Yes, we were born
Born, born to be alive
(Born to be alive)
Yes, we were
Born, born, born
(Born to be alive)
Yes, we were born
Born, born to be alive
(Born to be alive)
Yes, we were
Born, born, born
(Born to be alive)
Born, born to be alive
(Born to be alive)
Yes, we were
Born, born, born
(Born to be alive)
Born, born to be alive
そうさ 僕らは
生きるために生まれた
(イキイキと)
そうさ 僕らは
イキイキと生きるんだ
生きてるって素晴らしい
イキイキと
イキイキと
イキイキと生きていこう
日本語訳 by 音時

◆この曲のSongfactsからの情報です。
「Born to be Alive」は、まさに最初から国際的なプロジェクトだった。スペイン人の父とオーストリア系イタリア人の母を持つフランス生まれのパトリック・へルナンデスは、1978年にこの曲を作詞作曲したが、なかなかプロデューサーが見つからず苦労していた。
そんな時、ベルギーのプロデューサー、ジャン・ヴァンルーと出会う。へルナンデスとヴァンルーはベルギーのスタジオでこの曲をレコーディングし、1978年にフランスのレコードレーベル、アクエリアスからリリースした。この曲は瞬く間にヨーロッパ中のダンスクラブで人気を博し、1979年にはイギリスのレコードレーベル、ジェム・レコードからもリリースされた。同年にはスペイン語版「Nacido Para Vivir」も発表されている。そして同年、この曲はアメリカにも上陸。ダンスプロモーターのトム・ヘイデンと音楽出版社のマイク・スチュワートが率いるアメリカのレコードレーベル、A-Tom-Mikからリミックス版がリリースされたのだ。
この曲がリリースされた当時、ヘルナンデスは20代後半で、すでに人生の大半を音楽業界で成功するために奮闘することに費やしていた。父親はビッグバンドのギタリスト、母親は歌手だったため、音楽は彼の血に流れていた。彼は60年代後半にパリに移住し、70年代の大半をバーバンドで地道に活動した後、大ヒット曲をリリースした。この曲は、定住を拒み夢を追い続けるという彼の生き方を歌っている。結果的にこの曲が彼の唯一のヒット曲となり、アルバムもアメリカでリリースされた唯一の作品となった。
◆「Born to be Alive」は、数多くの海外アーティストによってカバーされている。スペインのポップパンクバンド、ロス・ニキスは、繰り返される「Me Voy a Benidorm! (ベニドルムに行くよ!)」という歌詞を変え、その後「No Vuelvo Ir a Benidorm! (もう二度とベニドルムには行かないよ!)」という続編をリリースした。これは、スペインの小さな沿岸都市ベニドルムにおけるマスツーリズムの問題を暗示している。
デンマークのゴシックバンド、ネクロマンティックスは、この曲をライブでカバーし、1994年のアルバム『Brought Back to Life』の2005年再発盤CDに、このライブパフォーマンスの貴重な映像を収録した。アフロキューバンの歌手ロバート・ブランコは、2001年にドイツのDJチーム、ザ・ディスコ・ボーイズと「Born to be Alive」を共作した。
1997年、「Born to be Alive」はチェビー・チェイス主演の映画『ナショナル・ランプーン/ラスベガス・バケーション』で使用された。また、他の様々なメディアでも使用されている。この曲は、ネクスケードとアンダミロがリリースしたリズムダンスアーケードゲーム「Pump It Up」シリーズに収録されている。2011年には、ディーゼルジーンズの香水ライン「Fuel for Life」のCMでカバーバージョンが使用され、オリジナルバージョンはカナダのダッジSX 2.0エコノミーカーのCMで使用された。
◆僕は出られなかったけど(まだ言ってる)、当日の1枚のスナップ写真をコパ君(Copilot)にアニメーションイラストにしてもらいました!こんな感じで楽しそうですね!
だいたい服装で誰がモデルか わかりますね笑。

◆いろいろなハリウッド映画の名場面をマッシュアップした“Born To Be Alive ”
コメント
コメント一覧 (8)
音時
が
しました
音時
が
しました
音時
が
しました
聴いたのは英語でした。
フランス語バージョンがあるかは分かりませんが
英語の方がリズミカルになりそうですね。
音時
が
しました
オフ会では、MVのイメージが違う、、、?等々コメントされたようで、僕もそう思いました。マッシュアップやパトリックの動画を合成したものなど、いろんな踊れる動画がたくさん。ファンの人気がこの曲をさらに魅力的にしていったんだろうなぁと思いました。
音時
が
しました
フランス🇫🇷のテレビで...英語...ですよね。パトリックがフランス語で歌ったバージョンってあるのかなぁ。
音時
が
しました
あの時の盛り上がりが蘇ってきます(^^)
マッシュアップのビデオが楽しさいっぱいで好きです。
ご本人もまだまだご健在のようで何より^_^
音時
が
しました
10年くらい前にフランスに行った際に
おそらく本人がTVでこの曲を歌っていました。
雰囲気は綾小路きみまろさんみたいな感じでしたが。
きっとフランスではずっと親しまれている曲なんでしょうかね。
音時
が
しました