僕自身はグレン・キャンベルを知ったのは、コカ・コーラのCM“カミン・ホーム”であり、全米No1になった“ラインストーン・カウボーイ”でした。
ですので、このブログではグレンの輝かしいヒット曲をまだ数曲しか和訳できていなく、2017年にはグレンを天国に見送ることとなってしまいました(T_T)。(R.I.P…)
グレン・キャンベルの楽曲のこのブログでの和訳記事はこちらです。
◆今回、グレンの代表曲の1曲でもある、この「恋はフェニックス」ですが、罪な邦題ですよね。僕はほんの最近までこの曲は“不死鳥のように蘇る恋”を歌った歌だとばかり思っていました…。
違うんですね。
この歌で歌われている“フェニックス”は地名。アリゾナ州の州都の都市じゃないですか!
(Wikipedia フェニックス)
この曲は3rd Verseまであるシンプルな構成。
まあ、おそらく僕のように「不死鳥のように蘇る恋」を連想させるような邦題の方が日本では受けそうだからなあ…。でも原題を知れば歌の歌詞も想像がついてきますよね。“By the time I Get to Phoenix”(僕がフェニックスに着くまでに…)です。
◆この曲のWikipedia掲載の情報です。
「By the Time I Get to Phoenix」は、ジミー・ウェッブが書いた曲です。1965年にジョニー・リヴァースが最初に録音し、アメリカのカントリーミュージック歌手グレン・キャンベルが同名のアルバムで再解釈しました。1967年にキャピトル・レコードからリリースされたキャンベルのバージョンは、RPMのカナダ・カントリー・トラックで1位になり、ビルボードのホット・カントリー・シングル・チャートで2位になり、第10回グラミー賞で2つの賞を受賞しました。(後略)

Songwriter(s) Jimmy Webb
Released in 1967
US Billboard Hot100 #26
from the album “By the Time I Get to Phoenix“
*原詞は太字
By the time I get to Phoenix she'll be rising
She'll find the note I left hangin' on her door
She'll laugh when she reads the part that says I'm leavin'
'Cause I've left that girl so many times before
僕がフェニックスに着く頃 彼女は目覚めるだろう
ドアに掛けた僕の書き置きに気づくんだ
「出ていく」という手紙を読んで 彼女は笑うだろう
だって 僕は何度も彼女を置いてきたからね
By the time I make Albuquerque she'll be working
She'll probably stop at lunch and give me a call
But she'll just hear that phone keep on ringin'
Off the wall, that's all.
アルバカーキに着く頃 彼女は働いてるだろう
ランチの手を休めて 僕に電話をするだろうな
だけど 電話の呼び出し音が鳴り響くだけ
ちょっとおかしく思うだろうけど それだけさ
By the time I make Oklahoma she'll be sleepin'
She'll turn softly and call my name out low
And she'll cry just to think I'd really leave her
Tho' time and time I've tried to tell her so
She just didn't know I would really go
オクラホマに着く頃は 彼女は眠ってる
そっと寝返りを打って僕の名前をつぶやくかな
ほんとに出ていったとわかって泣くだろう
何度もそう伝えようとしてきたけど
彼女は思いもしなかったんだ
僕が本当に出ていくなんて…
(Words and Idioms)
off the wall 突拍子もない、型破りな、ばかげた
日本語訳 by 音時

こちらのジャケット写真は彼の状況を表してるように感じます…
◆でも出ていって旅を始める?彼ですが、彼女はほんとに彼の思ったように行動するんだろうか…?もしかして彼女はあっさりと別れを受け入れ、何も変わらなかったように生活をまた初めているのかもしれない…そんなこともリスナーは想像したりして、哀愁を感じる…そんな曲なんだよな…。
◆この曲のSongfactsページに、ソングライティングの背景が出ていました。
この曲はジミー・ウェッブが21歳のときに、カリフォルニア州コルトンの高校生の時に付き合い始めたスージー・ホートンとの恋愛について書いた曲です。彼女がタホ湖に逃げてダンサーとして働き始めたとき、ウェッブは相当な苦悩を味わいました。彼女が別の男性と結婚したことで状況はさらに悪化します。(中略)しかし、この結婚は失敗に終わり、1993年にホートンはリンダ・ロンシュタットのいとこボビーと結婚してスージー・ロンシュタットになりました。
この歌の主人公は恋人と別れましたが、ウェッブはホートンとは友人関係を保っているそうです。
Wikipediaには、こんな情報も…
ウェッブは、この曲を地理的に文字通りに表現するつもりはなかった。「ある晩、コンサートの後、ある男が私に近づいてきて、ロサンゼルスからフェニックスまで車で行くのがいかに不可能か、そしてアルバカーキまでがいかに遠いかを見せてくれた。要するに、彼は私に『この曲は不可能だ』と言ったのだ。」その通りだよ。これは、僕がやりたかったことについての一種のファンタジーであり、現実の薄明かりの領域で起こるようなものなんだ。

あと、またSongfactsページからの情報になりますが、
キャンベルは、最後の「オクラホマに着く頃には」という行を、出身地である「アーカンソーに着く頃には」に変更することを考えたが、ジミー・ウェッブが気に入るかどうかわからなかったため、変更しないことにした。
なんて情報も…面白いですね(^o^)。
コメント
コメント一覧 (2)
この邦題に決めた人、またよりを戻すことを願ってこれにしたのかな?
きっとそうなんじゃないかな、僕もそう思います。
音時
が
しました
そんなグレン・キャンベル、約8年前に亡くなっていたのですね。
邦題の「恋はフェニックス」 ちょっと紛らわしいですね。曲の内容は、愛の終焉。でも、不死鳥のごとく復縁しそうなタイトルです。
この邦題に決めた人、またよりを戻すことを願ってこれにしたのかな?
音時
が
しました