(John Lennon)
Released in 1970
US Billboard Hot100#43
From The Album“John Lennon / Plastic Ono Band”(ジョンの魂)
*原詞の引用は太字
Bells*
Mother, you had me but I never had you
I wanted you, you didn't want me
So I, I just got to tell you
Goodbye, goodbye
母さん 僕はあなたのものだったけど
あなたは一度足りとも僕のものじゃなかった
僕はあなたを求めたけど
あなたは僕を欲しがらなかった
だから 僕はあなたに言わなくちゃならない
グッドバイ さよならって
Father, you left me but I never left you
I needed you, you didn't need me
So I, I just got to tell you (Mmm)
Goodbye, goodbye
父さん あなたは僕の元を去ったけど
僕は一度足りとも忘れたりはしなかった
僕にとってあなたは必要だったけど
あなたは僕を必要としなかった
だから 僕はあなたに言わなくちゃならない
グッドバイ さよならって
Children, don't do what I have done
I couldn't walk and I tried to run
So I, I just got to tell you
Goodbye, goodbye
子供たち 僕がやったことみたいに
繰り返しちゃいけないよ
僕は歩けなかったのに
走ろうとしたんだ
だからきみたちに言わなきゃならない
グッドバイ さよならって
Mama don't go, Daddy come home
Mama don't go, Daddy come home
Mama don't go, Daddy come home
Mama don't go! Daddy come home
Mama don't go! Daddy come home
Mama don't go! Daddy come home
Mama don't go! Daddy come home
Mama don't go! Daddy come home
Mama don't go! Daddy come home
Mama don't go! Daddy come home
母さん 行かないで
父さん 帰ってきて
日本語訳 by 音時

〜10月のアルバム全曲和訳は1970年リリースの「John Lennon / Plastic Ono Band」=邦題「ジョンの魂」を取り上げます〜
ビートルズ解散後のジョンの元に届いた一冊の本=「プライマル・スクリーム」(The Primal Scream)。心理学者のアーサー・ヤノフによるこの本には、成人後、子供のころの悪夢と向き合うことでノイローゼを克服した患者たちのケーススタディが掲載されていてジョンは影響を受けたそうです。
ジョン自身は子供時代の経験がトラウマとなって自分の深い傷になっていることを自覚していました。
ジョンは両親らほとんど関心を持たれていなかったと言います。母親ジュリアはミミおばさんとジョージおじさんのところにジョンを置いていき、ジョンは5歳から15歳までの間、両親のどちらともほとんど接触することがなかったようです。


それでもジョンが成長した頃、ジュリアは彼の音楽への興味を育てます。バンジョー奏者でロックンロールが大好きだった彼女は、ジョンに初めて歌を教え、ファッツ・ドミノの「Aint That A Shame」を歌い、後に初めてギターを買い与えました。
しかし、ジョンが17歳になっていた1958年、ジュリアは飲酒運転の非番の警官の運転する自動車事故で亡くなってしまいます。
◆一方、父アルフレッドは、商船の船員で、ずっと家を不在にしていました。妻ジュリアの浮気を知り、5歳のジョンを連れてニュージーランドに移住することを計画しましたが、事前に計画が発覚し、ジョンの前で夫婦喧嘩が行われます。どっちと一緒に行くか選べないジョンを前に去っていこうとする母ジュリア。ジョンは母親を追いかけます。父アルフレッドはその場を去り、ジョンと心から和解しようとすることは、ビートルズ解散後までなかったそうです。
以上は
・Genius.comのこの曲への解説
・ジョン・レノン全曲解説(シンコー・ミュージック)を参考にしました。

◆ジョンは「プライマル・スクリーム」と出会い、ヨーコと一緒に1970年にセラピーを受けました。セラピーでは幼い頃の辛い経験をあえて思い出すものでとっても過酷なものだったようですが、そのことでジョンはヨーコと生まれ変わって、新しい人生を歩んでいくことを強く思ったようです。そして、ビートルズにも別れを告げ、自分が生まれ変わったことから、世界中にこのことを触れ回っていきたいと思うようになったんですね。
◆ジョンは幼少期の不安や悲しい想いを、“Mother”の歌詞に込め、若き日の自分になりきって叫びます。この歌詞の叫びは、ジョンが「プライマル・セラピー」を体験したことそのもの…なんでしょうね。

◆その他、この曲への情報です。
・Children, don't do what I have done…1964年6月にアニマルズが発表したフォークソング「朝日のあたる家」の一節を引用している。
・「どうしてこのアルバム(この曲は)鐘の音から始まっているのでしょうか?
(ローリング・ストーンのレノンのインタビュー記事;1971)
まあ、カリフォルニアでいつものようにテレビを見ていたら、古いホラー映画がやっていて、鐘の音がそんなふうに聞こえたんだ。アルバムに使われているのは、スローダウンされたベルだから、たぶん違うんだろうけど。その音で、ああ、"Mother "はこうやって始めるんだ、と思った。やっぱり "Mother "が1曲目になるんですね。
この曲の冒頭の鐘の音は、実は最初はもっと速く高い音だったそうです。ジョンはより不気味で呪われた音にするために実際に速度を落として録音しました。
コメント
コメント一覧 (8)
音時
が
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ハンドルネームは、そうですヨシュア トゥリーからきています。母がクリスチャンで私にこれに因んだ名前をつけました。英詞がわからないつもりでしたがジョンはシンプルな言葉でしたから読んでみたら覚えていました。きっとけっこう皆さんそうなのでしょうね。ジョンはシンプルな言葉を絞り出すように書いたのでしょうね。ジョンとヨーコのことは今も大好きです。音時さんの和訳と感想はいつもとても心に入ってきます。(長文すみません)いつもありがとうございます。
音時
が
しました
ブレビフォリアってなんだろう?と思って調べてみました。ユッカ・ブレビフォリアでU2のアルバムにもある“the Joshua tree“のことなんですね。不思議な言葉と思いました。
音時
が
しました
そうですよねー日本の洋楽はシングルを買って聴くのも主流でした。僕もすり減らすまで聴いたシングル、ありますよ。その曲のイントロは僕にとっては静電気から始まります^_^!(S&Gの“マイリトルタウン“です)
音時
が
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音時
が
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この曲を初めて聴いた時まだ子供でしたがMother、、、と聴いて英語がわからないけれど何を歌っているか全部察しました。そこから一度も泣かずに聴けたことはなく原詞を知りたくありませんでしたが、今初めて向き合って読ませていただきました。私もジョンとそっくりな環境にいたことがわかりました。ジョンはヨーコに出会えて良かったですね。
音時
が
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当時、当家にはステレオを所持してなくて、友人の家でシングル盤聴かせてもらいました。同時にジョージのmy sweet lordも聴いてましたよ。
この曲のレコード盤に、当時よく有った傷が有り、出だしのマザーの箇所で針飛びが有ってザーから始まってしまい二人で苦笑いした記憶が残ってます。
音時さんやら、他の方のレビューにある含蓄の有る文章に比べあまり意味の無い書き方ですみません。
音時
が
しました
ジョン初のソロアルバム。 このアルバム、何度も何度も聞きました。
1曲目の「マザー」は、ジョンの感情表現がストレートで、聞く立場のボクをも圧倒させるものでした。鐘の音に始まり、演奏はピアノとベースとドラムスの3人。前奏なしで、いきなり歌が始まる。ボーカルは、感情露わなジョンのみ。特に、最後の方は「心の叫び」という感じ。衝撃的なオープニング曲でした。
恵まれた環境で育たなかったジョンだからこそ、世界の人々を感動させる音楽を作れたんだと思います。でも、そうなるまでには様々な葛藤があったことでしょう。
音時さんの解説を読んで、なるほどと思いました。セラピーとのやりとりを通して、母親や父親に対するマイナスイメージ(トラウマ)を昇華させようとしたのかも知れません。
明日以降も楽しみにしています。
音時
が
しました